JA3FYC/JR6RRD
「私の人生を変えた3Y1VCとの交信」
ブーべ島は、南大西洋に浮かぶノルウェー領の絶海の孤島であり、常に最も珍しいカントリーの一つです。
1977年ノルウェーの調査船は、2月24日前後にブーべ島の海域にいました。
目的は、この島にビーコン用送信機を設置することです。
船は、23日の午後に北西部にあるウエストウインドビーチに停泊していました。
ゴムボートに乗った10人が島に上陸し、ビーコンを設置後、3Y1VC(LA1VC)JOHNが運用できる状態になりました。
しかし、天候の急変により、ただちに船に引き上げることになりました。
翌24日の天候は、あいかわらず悪く、風向きの関係で島の南東部にあるブラックサンドビーチに上陸しました。
その後、2時間ほどたった15Zごろに、3Y1VCでQRVの出来る準備ができました。
ただ、コンディションが悪く、やっと15:45ZにZS5WTと交信、その後は、JR6RRDと
16:07Zに交信しました。
私の3Y1VCとのQSOの様子は、14.025MHzのCWで16Z頃にCQを見つけました。
何度かコールしましたが、信号が弱く応答がありませんでした。
しかし、16:07Zの14.028MHzにCQを発見、コールしましたらついに応答がありました。
交信は、通常のQSO形式でRSTと名前及びQTHを交換しました。
そのときの感想は、珍しいコールの局とできた程度のものでした。
彼はCQを連呼してW6IDなど船に引き上げる17:40Zまでの間に、ヨーロッパ局を中心
に29局と交信したそうです。(重複3局)
内訳は、OH 4局・SM 6局・YU 4局・OZ 2局・LA 3局、その他ZS・JA・W・UL7・
PY・OE・4Xをそれぞれ1局ずつです。
25日にも上陸の予定は、あったそうですが、天候の悪化により中止され、
世界中でたった26局だけの交信となり、DXの歴史に残るできごとになりました。
当然のことながら、日本やアメリカの局は、だれも交信できなかったと思われていました。
ところが、DXミーティングで3Y1VCの交信リストが発表され、
その中に日本とアメリカの局が1局ずつあることがわかり、DXサーに衝撃がはしりました。
日本の局でJR6RRDは、偽者でないか、本当に交信したのかなど、私に雑誌の編集部な
どから、問い合わせが殺到しました。
カードがコンファームできたら、コピーを送って欲しいとのことでした。
私は、初めてことの重大さに気づかされたわけです。
40年前の私を振り返ってみますと、インターネットもありませんでしたし、DX情報は、
無線雑誌に載っているわずかなものでした。
その中で、外国の調査船が、南極から出るということぐらいしか知りませんでした。
冬場のコディションは、日本の本土では、夜間のハイバンドがまったく駄目だった様です。
ただ、この時間帯の沖縄は、連日のように14メガや21メガでアフリカ方面のショート
パスが良く、同日の13Zには、FR7ZL/Tが21.025MHzで聞こえてました。
私のアンテナは、3階建てのアパートで、その屋上にAS-33(アサヒ3エレ、14, 21,28MHz用)を上げていました。
リグは、TS-820(トリオ)リニアはSB-220(ヒースキット)の500Wでした。
私は、DXCCを完成してないレベルでしたので、何が珍しいカントリーか、よくわかりませんでした。
だから、しっかりDXをやらないと恥ずかしいと思って、本格的にDXを始めることになりました。これをきっかけに、すっかりDXにはまってしまいました。
今になって考えてみますと、DXの神様がすごいチャンスを与えてくれたと思っています。
本当に、夢のような出来事でした。1億円の宝くじに当たったみたいなものです。hi




